私が私であること
始めに。
結花は、地域分散型の「持続可能なエネルギーへの転換」に賛成です。
子供たちに残す社会をどうすればいいのか・・・
私たちみんなで考えていきましょう。
私は今年、何度目かのトシオンナなのですが、この歳になっても親の存在や影
響を強く感じます。
私の子どもらはどうなんだろう…
日本人は「空気を読む」「長いものには巻かれろ」という言葉にあるように、
周囲のムードに自分を馴染ませようとする傾向があるように感じます。
一方、外国人、例えば私には、ハンガリー人とスウェーデン人の友人がいる
のですが、彼らにとっては、日本人のそういう気質が理解できないみたいで
す。
「日本人は自分の意見を言わないが、自分の意見が無い、なんて気持ち悪い
よ」と言われたことがあります。
原発事故のあと、直感的に「ただ事じゃないぞ」と感じて対策をとった母親
がたくさんいた一方で、周囲がどうしているか伺って、何もしなかった母親
がいました。
それが、将来の子どもの健康被害の差にならなければいいけど…
日本人はある意味「素直」ですけど、裏を返せば「無関心」で「人任せ」。
自分で考えようとしないところは、極端なことを言えば、今回のような放射
能問題では、命とりにならないのかな、と思ったりして。
私は…
どうだろうなあ。
偉そうに言えた義理でもないけれど、同じ人とばかりツルむのは好きじゃな
いし、人前で発言するのもあまり抵抗無いし…
相手が誰だろうが、分からなければ質問するし…
「放射能気にしています」と言っちゃうし。
もちろん、場のムードをぶち壊さないように考えますけど(時々調子に乗り過
ぎることはあります…)、基本的には自分は自分、というスタンスです。
これって、私には「自己肯定感」と繋がっているような気がするんですが、
それとも私が少し変わってますでしょうか?